教師をダメにする“教育3法”の危険度

JanJan 007/05/20
 今年度国公立大学入試の倍率は4.8倍で前年度に比べ0.2倍の減少だ。その中で教員養成系学部の倍率は4.5倍、前年度より0.4倍の減少と減少がめだち、受験生総数も4万6814人と初めて5万人を割った。また教員採用試験受験者も16万1443人と前年度より2950人減少し、僅かながら2000年以来続いていた増加傾向から減少に転じた。

 教育を良くするにはまず教師に人材をえなければならないのだからこの減少傾向は見過ごせない。教師を志望する人たちは教育に熱意があり、子供が好きだというほかに安定した職業で比較的職務で他から干渉されず自由である事を多く志望の理由としあげる。こうした理由は実際の教育上、特に不都合が見当たらず、今後も教員の志望者を確保する上では念頭におくべきだろう。

 ところが現在、政府が国会に提出している教育3法(地方教育行政法・学校教育法・教員免許法)「改正」案が実施されれば、これらの志望理由は消滅しかねない。免許が10年毎に更新されるという事は雇用が10年しか保障されず不安定になるという事だし、副校長・主幹といった職制を新設するのは一般教員、特に新任教員にとって、細かく監督・指導されることになりかねず、教師を志望する魅力を半減させる。

 ついでに言えば副校長が教育に携わらないというのは理解できない。他の教師の事務負担が減少するというが事務負担の減少は事務の見直しと事務職員の増加で対応すべきだろう。美智子皇后の伯父である正田健次郎氏は阪大学長時代も講義していたが、これが教育に携わる者の健全な姿だろう(吹田事件当時、正田氏は理学部長だっが学生を処分しなかったので自民党文教族あたりでは毛嫌いされそうだ)。

 また、この「改正」教育法や「改正」教育基本法の陰には政府自民党関係者の教師に対する不信感、あるいは敵意が垣間見えるのも問題である。その事は教育再生という言葉にもあらわれている。再生といえば現状は死んでいる。そこまで行かなくても死に瀕しているという認識である。問題はあるにせよ、日本の教育の現状はそこまでひどくない。それをあえて「再生」というあたりにも政府・自民党の教師に対する敵意が感じられる。

 さらに自民党文教族などは、教師=日教組=偏向教育という図式を唱えるが、一部例外はあるにせよ、日教組は教育内容に影響力はない。文教族が言うような影響力があればとっくに日本に左翼政権が出来ていただろう。むしろ、自民党政権が続いていることについて左翼が日本の教育の偏向を問題にするほうが納得できる。むしろ問題はこうした不信感、あるいは敵意が現職教師の意欲を衰えさせている事である。

 付け加えれば、政府自民党関係者だけでなく、所謂識者の間でも教師の資質向上の為、教育原理・心理といった教職専門科目の履修を強化せよという意見が多いがこれには問題がある。教育は知識を伝えるだけでなく、勉強の面白さ、学問の魅力を伝えるのが大切である。それには教師自身、研究の面白さ・学問の魅力を知っていなければならない。

 国語の得意な先生が担任するクラスの生徒は国語、数学の得意な先生の担任するクラスの生徒は算数が好きになる、とはよく言われる。そして、研究の面白さ・学問の魅力は教職専門科目よりも国史・生物といった教科専門科目の勉学を通じて伝わるのが普通である。しかし教職専門科目を強化すればそのしわ寄せが教科専門科目に来るのではなかろうか?

 「改正」教育法案や「改正」教育基本法が政治の、教育への介入を容易にするなど多くの問題点があることは本紙でも度々指摘されているが、それ以外に教員志望者を減少させ、現職教員の意欲を減退させ、教師の質的低下をもたらし、日本の教育を崩壊させる危険性があることは見過ごせない。

(浅田明)
posted by マリンちゃん at 11:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | ゆとり教育全般
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