ゆとり教育は学力低下の源?

今や「ゆとり教育」を支持する世論はほんのわずかになってしまいました。

学習内容の削減と学力低下は直接的な原因とされ、家庭ではその代用を塾に求め、私立中高への進学熱にも拍車がかかり、数年前からは公立の中高一貫校の設立に力が入れられるようになりました。

果たしてゆとり教育が学力低下の源なのか?

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には「ゆとり教育」についての驚くべき記述があります。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より


教育課程審議会の三浦朱門審議会長は、ゆとり教育導入の経緯についてこう語っている。

「学力低下は予測しうる不安というか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できんものはできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺をあげることにばかり注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」こういう発想で、ゆとり教育導入の答申は出された。

・・・・・・・教課審では江崎玲於奈さんのいうような遺伝子診断の話は出なかったが、当然、そういうことになっていくでしょうね」。江崎玲於奈の発言は「「ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ」というものであった。こういう発想で、ゆとり教育導入の答申は出された。


落ちこぼれ対策や学力偏重からの脱却を意図して導入された「ゆとり教育」の副作用として学力低下が起こったのではなく、学力低下はあらかじめ折り込み済みだったというのです。あらかじめ意図されていたというわけです。

であれば、今起こっていることはあらかじめ目的を持って行われてきたということになります。今起こっている批判はこれらの「当初の意図」を考えた上でのことなのか?

また、ゆとり教育の見直しをするのであれば、なにを意図してやろうとするのか、今までと根本的な方針をかえるのか否かも含めて考えていかないといけないでしょう。

ゆとり教育の導入における「学力低下」はあらかじめ考慮に入れていた現象であった、最初に意図していたことであったという認識を持っていただければと思います。
posted by マリンちゃん at 14:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | 学力低下
この記事へのコメント
確かに、ゆとり教育の学力低下説は正しいのかもしれません。しかも、この記事では、織り込み済みとのことですが、それなら、なぜ、入試制度を残したのか?本来、ゆとり教育制度と入試制度の廃止はワンセットの制度改廃でなければ、機能しないはずです。それで、今回の教育再生会議でゆとり教育制度を止めたのでは、仏に魂を入れぬ制度改革ではないか?いつまでも、このような改革論議で教育行政を政治道具にして弄ぶ政治家によって、紆余曲折するのでは、そこに学ぶ者に混乱を来たすのは必定ではないでしょうか。今少し。頭を冷やし、日本の行く末はどうあるべきか。そのために、ゆとり教育制度の果たすべき役割は何であろうか。問うべきでしょう。
Posted by at 2006年12月03日 20:09
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